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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8272号 判決 1987年1月22日

原告 猪野満喜枝

右訴訟代理人弁護士 本橋光一郎

被告 古林弘次

右訴訟代理人弁護士 赤尾直人

主文

一  被告は、原告に対し、金一二一六万二七二〇円及びこれに対する昭和六〇年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三四六万二七二〇円及びこれに対する昭和六〇年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和一七年二月四日生まれの会社員で、会社員の夫と二人暮しである。

被告は、昭和六〇年四月から六月にかけて豊田商事株式会社(本店、大阪市北区梅田一丁目一一番四号、以下「豊田商事」という。)の立川支店(立川市曙町二丁目三四番一三号オリンピック第三ビル)に勤務し、営業部課長の地位にあった者である。

2  被告の行為

(一) 昭和六〇年四月一三日豊田商事から原告に電話があった後、同日午後六時ころ被告の部下である立川支店営業部勤務の中野美幸(以下「中野」という。)が、いきなり原告宅を訪れ、原告に対し「とにかく会社へ来てほしい。そうすれば、私の営業点数が一点つくので、何としても来てほしい。」と申し向けた。

(二) 同月二〇日中野から再び電話があり、原告が、やむなく中野に同道して立川支店に赴くと、被告と中野から「金は利殖に最も有利で、一年に二割の利息がつき五年後には元金が二倍になる。絶対に損はさせません。」などと執拗に勧誘した。

また、右純金の売買の勧誘に付随して、原告を貸主、豊田商事を借主とする純金ファミリー契約なる純金の賃貸借契約を結ぶよう強く勧誘した。

(三) 原告は、同月二〇日被告らの勧誘により、被告らの言が真実であると誤信して、豊田商事との間で純金売買契約、純金ファミリー契約を締結し、純金四五〇〇グラム(グラム単価二六二五円)の代金額として一一八一万二五〇〇円及びその手数料二四万九三七五円の合計一二〇六万一八七五円を支払った。

また、原告は、豊田商事に対し同月二二日右と同様に純金五〇〇グラム(グラム単価二六二三円)の代金額一三一万一五〇〇円及びその手数料三万九三四五円の合計一三五万〇八四五円を支払った。

(四) 豊田商事は、原告に対し、右純金の賃料(利息)一年分として、同月二〇日付契約関係分一七五万五〇〇〇円及び同月二二日付契約関係分一九万五〇〇〇円を支払うこととして計算したので、原告が現実に、豊田商事に支払った金額は、次のとおりである。

同月二〇日付契約関係分 一〇三〇万六八七五円

同月二二日付契約関係分 一一五万五八四五円

合計 一一四六万二七二〇円

3  違法性

右のような契約をしたにもかかわらず、現実には、豊田商事から原告に対する金の現物の納入はなく、豊田商事が金を賃借して運用するという実態もなく、かつ、豊田商事においては、賃借物たる金を賃貸借終了時に、原告に対し返還する用意も意思もなく、いわば、会社ぐるみの詐欺商法を行っていたもので、被告はこのことを知っていた。

また右契約は、不特定多数の一人である原告から預け入れを受けたものであるから、「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」二条で禁止された預り金行為をしたことになり、被告の行為は公序良俗に違反する違法な行為である。

4  損害の発生と数額

(一) 原告の出捐した金額 一一四六万二七二〇円

(二) 慰謝料 一二〇万円

被告の行為によって、原告は、老後の備えである「虎の子」の一一四六万二七二〇円を失い、その絶望感は筆舌に尽し難く、その精神的損害を金銭に見積るならば、一二〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 八〇万円

原告は、本件訴訟の提起を余儀なくされ、本橋光一郎弁護士に本件訴訟の提起、追行を委任し、弁護士報酬、手数料として八〇万円の支払を約した。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、一三四六万二七二〇円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六〇年八月二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)のうち被告に関する部分は認めるが、その余の事実は不知。

2(一)  同2(一)の事実は不知。

(二) 同2(二)のうち被告が勧誘したことは認めるが、執拗であったことは否認し、その余の事実は不知。

(三) 同2(三)のうち被告の勧誘により原告が誤信したことは否認し、その余の事実は不知。

(四) 同2(四)ないし(六)の事実はいずれも不知。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

1  違法性に関する評価障害事由

(一) 被告は、日頃、豊田商事の上司から、金の売買、預託によって資金を得て、これを豊田商事グループの会社の営業資金とし、これによる利益によって金の預託者に対し利潤を還元できる旨の説明を受け、会社員としての職責を果すため、上司の指示に従って、原告に対しても、金を買い、これを預託することによって年一割五分の利益が得られる旨の説明をして来たもので、その後、豊田商事が破産宣告を受け、今日マスコミで報道されているような事態となることは、当時全く予想していなかった。すなわち、被告には、原告に損害が発生することについての予見可能性が全くなかった。

(二) 会社の従業員は、会社所定の規律、方針に従って、自己の業務において職責を尽くす義務があり、会社経営者の手足として義務を行うにすぎないから、会社の従業員の業務行為に違法性を認めるためには、少なくとも、会社の経営方針を知悉し、かつ、これを積極的に推進する意思が不可欠である。

2  過失相殺

被告が豊田商事の体質、経営方針を知らずに、原告と豊田商事との契約に関与したことに過失があるとすれば、原告自身も被告と同様に豊田商事のような金取引を行う会社の体質、経営方針を知らなかったことにつき過失がある。

すなわち、豊田商事のように一般の消費者に執拗な誇大宣伝を行う業者は、顧客に損害を与える場合が多いことは、マスコミの報道によって知らされていた以上、原告自身これに気が付くべきであり、また、原告自身、本件取引に当たり話がうま過ぎると思ったのであるから、豊田商事との契約につき十分警戒して事前にやめることは可能であったというべきであり、漫然と契約したことに過失がある。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1(当事者)について

被告が、昭和六〇年四月から六月にかけて豊田商事の立川支店に勤務し、営業部課長の地位にあった者であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一七年生まれで、会社員の夫と二人暮しで、グリコ協同乳業東京工場に勤務する会社員であることが認められる。

二  請求原因2(被告の行為)について

1  《証拠省略》を総合すると、昭和六〇年四月一三日の土曜日午前一一時ころ会社が休日で原告が自宅にいたところ、豊田商事のテレホン係が原告の自宅に電話をかけ、原告に対し、金の売買についての話をしたこと、これに対し、原告が「興味がありませんから」と断ったのに、被告の部下で立川支店営業部勤務の中野が、テレホン係から原告の住所氏名を教えられ、同日午後五時四〇分ころ原告宅を訪ね、原告に対し、電話よりも詳しく、金の売買についての話、会社の仕事の概要等についての話をするとともに、「とにかく、会社に来て欲しい。会社に来てもらうと、自分の営業点数が上がるので、買わなくてもいいから話だけ聞きに来て欲しい」と執拗に述べたが、原告はこれを断ったこと、しかし、中野は、次の土曜日である同月二〇日までの間にも、何回か同趣旨の電話を原告にかけたことが認められ、《証拠判断省略》、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  請求原因2(二)のうち、被告が原告を勧誘したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、中野は、上司である営業部内勤担当課長である被告に原告との折衝の報告をしていたが、被告から、今が原告に契約させるチャンスだからといわれ、同年四月二〇日午前中に原告に電話して、外出する予定があるかを尋ねたところ、原告が銀行に行く用事があると答えると、「帰りにどうしても寄ってくれ」といって、ついに、第一勧業銀行立川支店前で待ち合わせをすることを約束させたこと、原告が午前一一時三〇分ころ同銀行同支店に行くと中野が原告を待っていて、「ここまで来たのだから、是非会社に寄って行ってくれ」と執拗に頼み、原告が銀行での用件が済んだ後、中野は、原告を豊田商事の立川支店に無理に連れて行ったこと、同支店に着くと中野は、被告のもとに原告を案内し、その後は、主として被告が原告への勧誘に当たったこと、原告は、まず、他の五、六人のやはり勧誘を受けて来ていた者と一緒に、豊田商事の会社案内を二〇分間位のビデオテープにまとめたものを見せられ、それが終った後、社内を見学させられ、午後二時ころから約一時間三〇分位、被告が個室で中野を同席させて、原告に対し、金に関するパンフレット、会社案内、著名人が買っている旨の記事の載っている週刊誌の広告などを示していろいろ説明したうえ、金を買うと年間二・五パーセント位の値上がりがあり、そのほか会社に預託をすると、一年間に二割の利息が入り、五年間で元金の二倍になり、銀行に預金するより金を買った方が、はるかに利殖に有利であることを巧妙に説明したこと、しかし、実際には、当日の金の価額からすれば、一年間に一割五分を下廻る利率にしかならないものであったこと、また原告が日興証券で株の取引をしている旨を話すと、被告は、日興証券における内部告発の話をしたり、証券会社よりも金の売買の方が有利な投資であることなどを力説し、「絶対に損はさせません。」などと執拗に勧誘したので、原告は、その説明に乗せられてしまい、被告からのどの位の預金等があるかとの問に対し、自宅にある通帳などを頭に描き、一〇〇〇万円余はある旨答えたところ、被告は、それなら五キログラムの純金が買えると述べ、その後はいかにも五キログラムが最低単位であり、預託も五年が最低単位であるかのようにして話を進めて行ったこと、そして、被告は、純金注文書や、純金ファミリー契約書に、原告の署名捺印を得たうえ、原告から所携の一〇万円を手付金と称して支払わせ、金は変動するから早い方がよいと述べて、実際にいくらの預金等があるかの確認のためとして、車に原告と中野を乗せて原告宅に赴いたこと、原告宅で原告に通帳等を探させ、原告が翌週の土曜日まで休暇がないので預金等をおろせないというと、被告は、自分達が預金等を二二日の月曜日に原告に代わっておろして金の買受資金にしてあげるともちかけ、同日午後五時三〇分すぎころ通帳等を持参させて原告を再び、立川支店に同道し、同支店で、委任状等いくつかの書類に原告の署名捺印をさせ、通帳類を預かったこと、この間に、原告が、自分だけのお金では足りないというと、原告の夫の預金をおろして買うことを強く勧誘し、「内緒にしておいて、一年たったらこれだけ配当金がつくのだから、そのときにいった方がご主人が喜ぶのではないですか。」と、しきりに内緒にすることをすすめたこと、また、原告が「現物が欲しい」といったのに対しては、「現物を持っていたのでは、利息も何もつかないから、うちに預けるというか、貸すのがいいのだ。」と説明したこと、以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中この認定に反する部分は、この認定に用いた各証拠に照らして信用することができず、ことに、年間一割五分の利息という話をしたことはあるが二割ということはいっていない旨の供述部分は、《証拠省略》(純金ファミリー契約証券)中に、一グラム一九五〇円、一〇〇〇グラムに対する一年間の契約金が三九万円と記載されていることが認められ、この数字によって利率を計算すると、年間二割となり、したがって五年で元金が二倍になるとの説明も可能であるから、被告の右供述部分は信用することができず、また、原告本人尋問の結果中時間に関する右と異なる供述部分は、前後の情況からみて採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》を総合すると、被告は、同月二〇日夕刻立川支店において、原告から通帳等と印章を預かり、管理部に、当日の金の価格と、一年間の賃料(利息)の金額等の関係で原告の預金等で最大限どの位買えるか、その金額を計算させたうえ、書類を一応作成したこと、同月二二日の月曜日に、被告の指示を受けた外勤担当の田中裕子課長(以下、「田中」という。)は、原告と一歳違いの女性であるので、前記委任状は使わず、田中が原告と称して、銀行等で、前記通帳等を用いて、預金等を全額おろすなどして、現金化し、これを豊田商事に入金したこと、その際被告の指示に基づき四五〇〇グラムと五〇〇グラムの二口に分けて納品書等の書類を作成したこと、まず、四月二〇日付で、純金四五〇〇グラムを単価二六二五円、合計一一八一万二五〇〇円、手数料四〇〇グラムにつき二パーセントの二一万円、五〇〇グラムにつき三パーセントの三万九三七五円、総金額一二〇六万一八七五円、同月二二日付で純金五〇〇グラムを単価二六二三円、合計一三一万一五〇〇円、手数料三パーセントの三万九三四五円、総金額一三五万〇八四五円の二通とし、同月二二日夜、田中と中野とが、原告と、原告の自宅近くのレストランで会い、あらかじめ原告から預かっていた印章で押印まですませていた書類に、原告の自署を求めて書類を完成させその計算の説明をしたこと、この間、原告は、計算が複雑でよくわからないため、被告や中野に一任したような状況であったことが認められ、《証拠判断省略》他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  《証拠省略》を総合すると、中野は、原告に対し、同年五月中旬ころ、純金を交付するのに代えて、純金ファミリー契約証券一〇〇〇グラム券四枚、五〇〇グラム券二枚を交付し、それぞれの証券の下部には純金ファミリー契約金交付票五枚が添付されている体裁がとられ、その交付票のうち一枚ずつが切り取られていたこと、中野の説明によると、一〇〇〇グラム券については、一年間の賃料(利息)が三九万円、五〇〇グラム券については、同じく一九万五〇〇〇円で、昭和六〇年度は総額からいずれも控除しているので、切り取ってあるが、昭和六一年度以降は、毎年四月末日に、豊田商事が、右と同額の賃料(利息)を支払い、これと引換えに原告がその交付票の一枚ずつを切り取って豊田商事に交付することになっているとのことであり、原告は、これを信じてその証券の交付を受けたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

5  右1ないし4に各認定した事実を合わせ考えると、原告は、被告及びその部下の中野らの執拗かつ強引な勧誘の結果、有利な利殖であると誤認して、昭和六〇年四月二〇日付の契約分として、一二〇六万一八七五円から賃料一七五万五〇〇〇円を控除した一〇三〇万六八七五円、同月二二日付の契約分として、一三五万〇八四五円から賃料一九万五〇〇〇円を控除した一一五万五八四五円、以上合計一一四六万二七二〇円を豊田商事に支払わされたものということができる。

三  請求原因3(違法性)について

1  《証拠省略》を総合すると、豊田商事は、純金の売買と称しながら、買主に引渡ができるような金の現物を保有しておらず、純金ファミリー契約証券なる証書を預り証代わりに交付するという、いわゆる金のペーパー取引を行っていたもので、賃貸借の期間満了時に金を返還する目途はなく、一方、勧誘員も、その上司も固定給に比較して、売上高如何では多額の歩合給を得る仕組みになっており、格別有利な営業資金として活用してはいなかったから、早晩破綻することが、予測できる内容の会社であったこと、昭和六〇年三月ころからは、マスコミ等に、金のペーパー取引であること、その勧誘の強引さ、悪質さが取り沙汰されはじめていたこと、同年四月ころには、豊田商事の内部にも、あやしいというようなことを口にする従業員が出はじめ、このようなことをいう従業員が解雇されたこともあること、また、勧誘方法の指導において、豊田商事とか、金の取引とかを口にすると警戒されるので、勧誘の始めは、なるべくこれを口にせず、ともかく会社に来させるよう徹底させていたこと、さらに、前記二1ないし4で認定したように、客が、買いそうな姿勢を示したときは、預金通帳等一切を預かり、全額おろしてしまうような極めて強引、かつ悪質な勧誘方法がとられ、金の売買とは有名無実で、純金ファミリー契約なる名のもとに不特定多数の者から預け入れを受けるもので、「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」二条で禁止されている預り金行為に当たり、豊田商事としては勿論、被告の行為も、違法性を帯びていたものということができる。

2  被告は、抗弁として、会社員としての職責を果たすため、上司の指示に従ったもので、今日のように破産に至る事態については、予見可能性がなく、被告は会社の経営方針を知らず、これを積極的に推進する意思もなかったと主張するが、会社の経営者或いは上司の指示に従えば、不法行為にならないとはいえないし、《証拠省略》によれば、豊田商事の従業員中には、自分の夫や子供など身内の者の名義で金の売買、ファミリー契約をしていた者も少なくないことが認められ、このことは、豊田商事が、いかに巧妙に計画的に欺罔行為をしていたかを裏づけるものではあるが、前記二1ないし4で認定した事実及び右1で認定した事実を併せ考えると、被告も、豊田商事の営業のやり方がいずれはゆきづまること、したがって、かかる取引が勧誘に応じた者に損害を加えるであろうことを予見しえたものと推認することができ、また、《証拠省略》によれば、前記認定のように取引金額が増加すれば、それに応じて所定の多額の歩合給が手に入る仕組みとなっていたこと、原告が、昭和六〇年五月末か六月初めに解約の申出をした際、豊田商事では三か月以内に解約となると歩合給は返さなければならない仕組みとなっていたので、被告らは、極力大丈夫だといってこれを拒んだことも認められるから、これらの事実をも併せ考えると、被告は、多額の歩合給を得ることも意図して、前記のような、極めて強引かつ執拗な勧誘をして、原告から高額の金員の交付をさせたもので、被告が営業部課長という外務員を指導、監督する立場にあったことなどからみても、被告の行為が違法な行為であるとの評価を妨げるような事由は、見当たらない。したがって、被告の抗弁1は理由がない。

四  被告は、抗弁2として、原告の過失相殺も主張するが、前記二1ないし4の各認定事実によれば、被告並びにその指示のもとに動いた中野及び田中の勧誘の仕方が、余りに強引、執拗であり、ことに原告に思い直す時間的余裕を与えないで、原告の預金通帳等までも預かって全額おろして入金とするなどやり方が極めて悪質であり、このような状況のもとでは、原告に仮に冷静に対処しなかった落度があったとしても、その落度は、被告の行為によって意図的に誘発させられたもので、被告は、むしろその落度を積極的に利用して、金員の交付を受けたものであり、したがって、かかる落度をもって過失相殺の事由とするのは相当ではないというべく、この点の抗弁も理由がない。

五  原告は、慰謝料の請求もするが、被告の行為によって蒙った原告の財産的損害は、その出捐した金額の賠償を得ることによって償われ、また原告は、右契約時四三歳で老後の備えというにはまだ早く、右財産的損害に伴う精神的苦痛も、右金額の賠償によって一応慰謝されるものと考えるのが相当であり、したがって、財産的損害の賠償を超えて、慰謝料の請求をすることは、本件においては、これを認めることができない。

六  原告の弁護士費用の請求について考えるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、原告訴訟代理人弁護士本橋光一郎との間で、本訴の提起、追行の報酬、手数料として、八〇万円を支払う旨の取決めをしていることが認められ、本件事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌すると、被告の不法行為と相当因果関係に立つ損害の額は、右のうち、七〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求のうち、損害賠償金一二一六万二七二〇円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六〇年八月二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、これを超える部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小倉顕)

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